天まで届け、カラスザンショウ
今日はまだ風は肌寒いけど、暖かい日差しが一日中降り注いでいた。
ベランダへと出てみた。
僕の部屋と、いー君の部屋はベランダをはさんで隣同士。
『あの日』のままで、あえていー君の部屋の時間は止めてある。
いー君が、ずっとのんびりお昼寝ができてくつろげるように。
ベランダの外では、また大きな庭の一本の樹が、春に備えて目を膨らませていた。
いがぐりのように鋭いとげで重武装した、へんてこな樹。
カラスザンショウというらしい。山椒だけど役立たずでカラスも食べないからカラスザンショウ……とかどこかの本に書いていた。
これはいー君が小さなころ、岐阜県の道の駅の野草の盆栽の脇からへんな草が生えているのを、面白いから鉢植えにしていたら、見る見るうちに大きくなって、今ではうちの屋根まで届く巨大な樹になったものだ。
若芽の天ぷらは無理したら食べれるそうだが……無理して食べる必要もない。
この樹がいー君の部屋から見たら……いつも窓から見えるようになってるんだ。
いー君、小さい時から、この樹を見て育ったんだよね。
役に立たないから、切ってしまおうという話も出たんだよね。
なにしろ樹の幹は鋭いとげとげで危ないし、花がきれいなわけでも食べられるわけでもない。
でもね……一つだけ、いいことがあるんだよね。
アゲハ蝶の幼虫だけが、カラスザンショウを食べるんだ。
毎年、アゲハ蝶がうちの樹から何匹か育っていく。たくさん幼虫は生まれるんだけど、ほとんどがアシナガバチやスズメバチに狩られちゃうから、ほんの運のいい数匹だけ。
ハチを退治してもいいんだけど……これも命の営みなんだと思う。
何年もの間、いー君の部屋から見える窓の外で、沢山のアゲハ蝶が巣立っていった。
そしてそのアゲハ蝶が、またこの樹に卵をうみ、命のサイクルをつなげていくんだ。
僕も……つなげたかったな。命のサイクル。
僕が、一生抱えたローンと引き換えにした、この家で、この土地で……育てた子供がまた新しい命をうみ、命を常をつなげていく……
見たかったんだよね。
……いー君がつなげた命を。つなげられなかったね。
君の妹が……つなげてくれるのかな。
いー君が過ごした、この部屋を、この家を……ずっと残していきたいんだけど。
僕たちの過ごした沢山の時間は……
いつかしらない人が住んで、痕跡を消しちゃうのかな……
それとも、誰もいない廃屋となって、朽ちていくんだろうか。
君という主人を失った部屋から見えるカラスザンショウの樹は……
今も寒風に耐えて、冷たい風に揺れているよ。
今年も、沢山のアゲハ蝶が巣立ちますように。
そして、どの一匹でもいい、お浄土にいるいー君に伝えてほしい。
残ったみんなは、力を合わせて、一生懸命頑張っているからね、って。
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