いー君といっしょ

2015年11月20日……
最愛の17歳の息子を自死で失いました。
悲しみの記録と、彼の歩んだ道、そしてこれから残された家族三人の日々を記します。

天まで届け、カラスザンショウ

今日はまだ風は肌寒いけど、暖かい日差しが一日中降り注いでいた。


ベランダへと出てみた。


僕の部屋と、いー君の部屋はベランダをはさんで隣同士。
『あの日』のままで、あえていー君の部屋の時間は止めてある。


いー君が、ずっとのんびりお昼寝ができてくつろげるように。


ベランダの外では、また大きな庭の一本の樹が、春に備えて目を膨らませていた。


いがぐりのように鋭いとげで重武装した、へんてこな樹。


カラスザンショウというらしい。山椒だけど役立たずでカラスも食べないからカラスザンショウ……とかどこかの本に書いていた。


これはいー君が小さなころ、岐阜県の道の駅の野草の盆栽の脇からへんな草が生えているのを、面白いから鉢植えにしていたら、見る見るうちに大きくなって、今ではうちの屋根まで届く巨大な樹になったものだ。


若芽の天ぷらは無理したら食べれるそうだが……無理して食べる必要もない。


この樹がいー君の部屋から見たら……いつも窓から見えるようになってるんだ。
いー君、小さい時から、この樹を見て育ったんだよね。


役に立たないから、切ってしまおうという話も出たんだよね。
なにしろ樹の幹は鋭いとげとげで危ないし、花がきれいなわけでも食べられるわけでもない。


でもね……一つだけ、いいことがあるんだよね。


アゲハ蝶の幼虫だけが、カラスザンショウを食べるんだ。


毎年、アゲハ蝶がうちの樹から何匹か育っていく。たくさん幼虫は生まれるんだけど、ほとんどがアシナガバチやスズメバチに狩られちゃうから、ほんの運のいい数匹だけ。


ハチを退治してもいいんだけど……これも命の営みなんだと思う。


何年もの間、いー君の部屋から見える窓の外で、沢山のアゲハ蝶が巣立っていった。
そしてそのアゲハ蝶が、またこの樹に卵をうみ、命のサイクルをつなげていくんだ。


僕も……つなげたかったな。命のサイクル。


僕が、一生抱えたローンと引き換えにした、この家で、この土地で……育てた子供がまた新しい命をうみ、命を常をつなげていく……


見たかったんだよね。


……いー君がつなげた命を。つなげられなかったね。


君の妹が……つなげてくれるのかな。


いー君が過ごした、この部屋を、この家を……ずっと残していきたいんだけど。
僕たちの過ごした沢山の時間は……
いつかしらない人が住んで、痕跡を消しちゃうのかな……
それとも、誰もいない廃屋となって、朽ちていくんだろうか。


君という主人を失った部屋から見えるカラスザンショウの樹は……


今も寒風に耐えて、冷たい風に揺れているよ。


今年も、沢山のアゲハ蝶が巣立ちますように。


そして、どの一匹でもいい、お浄土にいるいー君に伝えてほしい。


残ったみんなは、力を合わせて、一生懸命頑張っているからね、って。