いー君といっしょ

2015年11月20日……
最愛の17歳の息子を自死で失いました。
悲しみの記録と、彼の歩んだ道、そしてこれから残された家族三人の日々を記します。

ドングリ拾いと肩車

この季節……


いつもいー君が小さい時、街の山の公園に行ってドングリを拾いに行ったんだ。


夢中でコンビニ袋に、ドングリを拾っては嬉々として入れるいー君の姿。


楽しかった。


幸せだった。


こんな時間が永遠に過ぎるものだと思っていた。


公園からの帰りは、疲れた君を肩車。


君は小さくて、とても軽くて。


とってもとっても幸せだったんだ。


これが子供かと思った。


これが家族なんだと思った。


でも時の流れは残酷なもので。


この季節がめぐり来るごとに、君は少しずつ大きくなった。


ドングリの大きさは変わらないのに。


君の身体だけは大きくなっていった。


やがて肩車も出来なくなり。


君はドングリをいつしか拾わなくなった。


ずっとずっと……君が大きくならなかったら良かったのに。


幸せなドングリと肩車の時間が、永遠にめぐり来てくれたらよかったのに。


君はやがて彼女と言うものを見つけ。


いつしか、家族と言う『意味』さえ、違う形になってきた。


進学とか、恋愛とか……僕はそんなものは欲しくなかったんだ。


欲しかったのは、ドングリと肩車の時間。


時ってのは残酷だ。誰も流れることなんか望んでやいやしないのに。


僕が欲しかったのは、ずっと変わらないドングリと肩車の時間。


時間なんか、僕は流れることを望んでなかったんだ。


僕が欲しかったのは、ずっと変わらないドングリと肩車の時間。


誰なんだよ、時間を流したのは。


言わんこっちゃない、見てごらんよ。


仏壇の脇の骨箱と写真……いー君が悲しげに笑ってら。


僕が欲しかったのは、ドングリと肩車の時間。


ドングリと肩車の時間を、僕に帰してください。


大切に大切にしますから。


絶対に2度と手放しませんから。


もう帰ってこないのかな。


僕といー君の、ドングリと肩車の時間。



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