いー君といっしょ

2015年11月20日……
最愛の17歳の息子を自死で失いました。
悲しみの記録と、彼の歩んだ道、そしてこれから残された家族三人の日々を記します。

変わってしまった『家族』という意味

色んなところに行ったなぁ……
先日、温泉にぼーっと浸かりながら、いろんなことを思い出していた。


近畿のど真ん中に住んでいるから、四方八方いろんな観光地に行った。


色んな景色を見て、いろんな思い出を作って、いろんな体験をした。


楽しかった……毎週振り回されるみんなは大変だったろうけど。


仲良く楽しい家族……でも、それは永遠には続かない。


死んだ長男が中学生でクラブ活動で離脱し、娘は思春期になる。


どこにも行けなくなった休日……徐々に何かが変わっていった。


子供と話す機会は減り……息子は家族を離れ彼女へと流れた。


そして彼女と付き合ってしまったがための縊死……


どこで間違ったんだろう。どうすれば防げたんだろう。


その答えは3年たった今でも、答えは出ていない。


家族という意味が狂ってしまったまま、いまも淡々と月日は流れる。


子供たちの無邪気な笑顔、そして笑い声……


子供が大きくなって変わっていく、家族という『意味』。


変わらなければ……子供が大きくならなければ、こんなこと起きなかったのに。


僕の手のひらには……もうなにも残っていない。


楽しかったあの日も、そして生きていた息子も。


僕は人生の敗戦処理投手になった。


もうなにも残っていない。


打ちひしがれても、罵られても……


マウンドを降りることも許されず、ひたすらに試合終了を待つだけの男。


強制コールドゲームにならないか……そう思うんだ。


本当に首を吊って死ぬべきは……この僕なのに。


僕は敗戦処理投手として……逃げることも許されず、ひたすらに投げ続ける。


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