いー君といっしょ

2015年11月20日……
最愛の17歳の息子を自死で失いました。
悲しみの記録と、彼の歩んだ道、そしてこれから残された家族三人の日々を記します。

16時間前の印鑑

人の明日の生死なんか、誰にもわからない。


どんなにその人を愛し、慈しんだって……生死を何とかするなんて出来ない。


僕たちは……大切な子供をなくすことで、それを学んだようにと思う。


妻が生きて、動いて、話している……


娘が生きて、動いて、話している……


そして生きたまま今日という一日を終える。なんと素晴らしい事なんだろう。


もう20年以上前になるけど。


そのときの職場は夜勤で……いつものように僕は親友と馬鹿な話しをして、手を振って別れたんだ。


僕がもうちょっと彼を引き止めていれば……運命は変わったかもしれない。


雨が降っていた朝方だった。


彼はバイクで濡れたマンホールで前輪を滑らせ転倒し、そのまま23年の生を終えた。


16時間前に押された、彼が退勤のときに押した印鑑……


次の日の出勤で出てきた僕は、彼の訃報を聞きながら呆然と眺めていた。


16時間前までは生きていた彼。笑っていた彼。動いていた彼。話していた彼。


印鑑はまだ濡れて押されたままのように鮮明に見えた。


人の運命って、わからないよな……と思った。


そしていま、大切な子供を失って再びそれを痛感した。


16時間前まで、僕の隣で生きていた彼……


何を思い彼は最後の夜を過ごしていたんだろう……


僕は心にたった砂一粒さえ、彼が明日死んでいないということを考えただろうか。


大事な人たちが……僕のそばで生き抜いて一日を終えることのなんと貴重なことか。


大事な人たちが、朝起きておはようと言えることの、なんと貴重なことか。


そうだ。明日はその人がいないかもしれない。


だから、毎日毎日……大切な人と過ごせる喜びを忘れないでいよう。


だから、毎日毎日……大切な人とおはようといえる悦びを忘れないでいよう。


だから、毎日毎日……周りの人々が誰も欠けない歓びを忘れないでいよう。


それが……


それが、僕の大切な子供が、命と引き換えに教えてくれたこと。


どうか、明日も誰一人僕の周りから、人が欠けませんように。


どうかこれからもずっと、誰一人僕の周りから、人が欠けませんように。