いー君といっしょ

2015年11月20日……
最愛の17歳の息子を自死で失いました。
悲しみの記録と、彼の歩んだ道、そしてこれから残された家族三人の日々を記します。

誰も悪くないとは言うけれど……

今日もまた、小さないー君を自転車に乗せて駅まで向かう。


今日もまた、小さないー君を膝に乗せて電車に乗る。


今日も作業所のカウンセラーさんといろいろお話をしていた。


亡くなったいー君の話になって……


気持ちは分かるけど、決して僕が悪いわけじゃない、誰が悪いわけじゃない……と。


それは、自死遺族の分かち合いの会でも言われるんだよね。


遺された人が悪いんじゃない、亡くなった人が悪いんじゃない……って。


分かってるんだ。言ってることはとっても分かるんだ。


でもじゃあ、どうして……こんな悪い……悪すぎることが起きたんだろう。


やっぱり悪い要素があるからこそ、こんなに悪い悲しいことが起きるんだと思う。


自分を責めすぎないで……よくそう言われるけど。


やっぱり、自分を責めて当たり前だよね。


気持ちでも理屈でも割り切れないこの気持ち。


気持ちでも理屈でも割り切れない子への気持ち。



明日から娘は林間学習。


楽しげに学校の様子を話す、いー君の妹。


彼女の中にも、やっぱりお兄ちゃんへの想いは切れていないのだろう。


でも、彼女の心に自責の念だけは持たせたくないんだ。


そういうものは、親が受け持つものだと思う。


遺された誰も悪くない、と人は言う。


死んでいった人は誰も悪くない、と人は言う。


そんな境地に、いつ僕はたどり着くことが出来るのだろう。


いー君のことを笑って話せる日は、いったいいつ来るのだろう。


まだ僕はそんな気持ちを持つことは出来ないから……


今日も明日も明後日も……


僕はいー君を自転車に乗せて走り続ける。