いー君といっしょ

2015年11月20日……
最愛の17歳の息子を自死で失いました。
悲しみの記録と、彼の歩んだ道、そしてこれから残された家族三人の日々を記します。

副機長を信じよう

思えばあれから、乱れていた心が少し安定してきたかもしれない。


むかし主治医だった先生が、いい言葉を言ってたのをこの前思い出した。


人間の身体っていうのは、飛行機の機体みたいなものだ。
それを心という『パイロット』が操縦している。


機体はほとんどが、画一的だけどみんなそれぞれの機体に、『クセ』を持っている。
それをみんな、幼いころにのりこなすことを覚え、うまく操縦しているんだ、と。


でも、まれに障害という最初から壊れた機体に乗らなきゃいけない人も出てくる。
そして病気という、途中で壊れた機体を操縦しなきゃいけない人もいる。
翼が折れたり、油圧系統が破損したり、制御コンピューターが壊れたり。


そして、大切な人を失ったりして、一時的に感情という安定尾翼が制御できない人も出てくる。


みんなそれでも、一生懸命機体を安定させて、必死で歯を食いしばって飛んでいる。


僕は最初から制御装置の壊れた機体を担当し、そして途中でさらにコンピューターも正常に作動しなくなり、ついに安定尾翼まで壊れてしまった。


時々落ちると覚悟することもあった。諦めたこともあった。


僕の機体は迷走し、目的地の空港まで分からなくなっていたときもあった。


そして、一緒に飛んでいたいー君という機体も見えなくなった。


それでも、ボロボロになって何度も雷に打たれ、乱気流に飲み込まれても必死にまっすぐ飛ぼうとしている。


なぜ飛ばなきゃいけないのかわからない。
目的地の空港がどこかさえもわからない。


でも、燃料のある限りは飛ばなきゃいけない。
なぜ飛んでるかって答えはたぶん必要ないんだろう。
たぶん周りを飛んでる機体のパイロットに答をきいても、明確な答なんか返ってこない。


これからも、沢山の機体トラブルが待っている。雷も乱気流も待っている。


そのたびに機体が揺れて制御できなくなり、また墜落を覚悟する時が来るだろう。


操縦桿が利かない。まっすぐに飛べない。
怖い、早く墜落したい……真っ暗な機体の中目を見開き恐怖におののくかもしれない。


でも分かったんだ。僕は一人で飛んでいるんじゃない。


周りに僕に誘導され、助け合う妻と娘という機体がまだ飛んでいる。


そして僕と同じように、大切な友軍機を失い安定尾翼が利かなくなっても、必死に飛んでいる機体がある。


そして……飛行機の操縦席は一人じゃないんだ。


ちゃんと副機長のイスには、僕が失ったはずの大切な信頼できるパイロットが座っている。


いー君が、泣きそうになって操縦桿を握る僕に、手を添えてくれている。
いー君が、逃げようとして諦めようとする僕の背中を叩いて励ましてくれる。


ちゃんといつだってそばにいて……
僕たちが寿命という目的地に着くまで付き合ってくれるんだ。


苦しい時は、信頼できる副機長を信じよう。
眠たいときは、信頼できる副機長を信じよう。


ちゃんといつまでも一緒にいる。どこへ行ったりもしない。
いー君という副機長は、妻の飛行機にも、娘の飛行機にも乗ってくれている。


行こう。


この燃料がつき、機体が墜落するまで。


どこまでいけるかわからない。燃料タンクの残量も見ることもできない。


いつか落ちる飛行機ならば、燃料が尽きるまで操縦して見せる。


もう少し、妻や娘……
そして一生懸命操縦しているほかのパイロットたちと、空の旅を楽しんでみよう。