あの子からの電話と、妻を支えられない僕
嫁のつんざくような悲鳴と、錯乱した喚き声が階下から聞こえたのは、息子がセレモニーホールへと出立する数時間前のことだった。
信じたくことが起こったんだ。
息子の彼女からの……息子をが最後まで想い続けた彼女からの電話が、息子のスマホにかかってきた。
電話をとった嫁は、狂わんばかりにわめき、泣き叫んだ。
娘が代わりに、彼女との応対に回る。
脱力して崩れる嫁、支えられない僕。
息子の死を信じられずに電話してきたらしい。まったくとんでもないタイミングで掛けてきてくれた。
だが、僥倖でもあった。
ずっとわからなかった息子のスマホのロックパスワードを彼女が知っていたのだ。
知らなかったほうがよかったのかもしれないが……
生々しい息子の死の直前のメールのやり取り。
くだらない痴話げんか、無視したのしてないの。
スマホを操作のため、警察に預ける。
だが、これが嫁にとどめを刺した。
警察は捜査のため、着信履歴をさかのぼり、嫁の携帯電話に息子のスマホから電話をかけたのだ。
嫁の携帯に息子の着信表示……
来るはずのない電話に、淡い期待を抱いたのか……嫁は狂ったように電話をとった。
当然ながら、刑事さんだった。
残酷なことをしてくれる。
嫁はさらに崩れ、もう手がつけられなくなった。
そのタイミングで、息子がセレモニーホールに向けて搬出された。
息子の体は……もう肉体のまま、この家には帰ってくることはない。
嫁がいやだいやだ、と泣き叫ぶ。
僕とはまた違う感情を息子に抱いている。当然だろう。
僕だって号泣したかった。
でも、耐えて嫁の背中をさすった。僕には一家の大黒柱としてそれしかできなかった。
葬儀会社の寝台車が、セレモニーホールへと出立する。
いよいよお通夜だ……
こんな形で初めて喪主になるなんて。
おやじかお袋の時だと思っていた。
誰が想像するんだよ、息子の喪主なんか……
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