いー君といっしょ

2015年11月20日……
最愛の17歳の息子を自死で失いました。
悲しみの記録と、彼の歩んだ道、そしてこれから残された家族三人の日々を記します。

小さなものを拾った代わりに大きなものを失った

遺された人間の痛みを感じなきゃ……
そしてそれをわれわれ自死遺族だからこそ感じられるんだ。


毎日テレビやネットからは、沢山の悲しいニュースが流れてくる。


ダンプにひかれた小さな男の子の死、そしてダンプの下の血まみれのランドセル。


高校受験に失敗して死んだ男の子と、そのあとを追ったお母さんの同時自死。


遺された人たちは、どんな気持ちなんだろう。


普通の人なら「ふーん……大変だね、かわいそうに」で終わるだろうな。
僕も子供を失うまではそうだったから。


僕も……


実は12年ほど前かな。いー君が幼稚園に元気に通っていたころ、自ら命を断とうとしたことがあった。


その前にもダムに飛び込んだり、首つり失敗したりしてるんだけど……
その時ばかりは、逃げられない覚悟の決行のはずだった。


場所は姫路駅、昔あった自殺志願者用ネットで、僕たち互いの顔も名前も知らない4人は集まってそのまま山に行き練炭自殺しようということになった。
もういろいろ疲れていたからね。
理由とかはあんまり覚えていない。頭の中は『死ななきゃ』しかなかったんだ。
妻やいー君のことなんか、まったく脳内になかった。
そう、たぶんいー君が、僕のことなど頭になかったように。


1人は40歳ぐらいのガリガリの男の人。一生返せない借金があるんですって笑っていた。
1人は、30代半ばの女の人。旦那と離婚して生きる希望がないと言っていた。


そして僕。
駅で、最後の自家用車に乗ってくる、ってレッドだかルージュだか名乗ったHNの人が迎えに来る間……でっかい七輪と練炭を両手に持って、ボーっと駅前の風景を見ていた。


ああ、この人たちと死ぬんだな。
今回はもう後戻りもできない、逃げることもできない。怖いけど一人で死ぬんじゃない。
ちょうど4月くらい、花粉症の季節だったなぁ……
発見が遅れて、腐乱死体になったらいやだな。すぐに見つけてほしいな。


頭のことは、死ぬことでいっぱいだったんだ。
嫁が泣くとか、いー君が独りぼっちになるとか、全く考えなかった。
何の根拠もないけど、新しいパパに出会って、幸せに育ってくれるとか考えていたんだよね、確か。


だからわかるんだ。


死ぬ人は、決して残す人を軽んじるわけじゃない。
決して感謝してないわけじゃない。
決して苦しめようとしているわけじゃない。


まったくそんなことを考える余裕がなかっただけ。
とにかく純粋に自分が死ぬことだけを考えてしまうんだ。


だから、僕はいー君を責めないんだ。
パパやママや妹のこと……考えて踏みとどまってほしかったけど、人間の脳って死のうと思ったらそんなことが考えられないようにできてるんだ。


「遅いですねぇ……もう30分以上遅れてますよねぇ」
肝心の呼びかけ人の車担当者のレッドだかいう人は、約束の14時になっても一向に来る気配がなかった。
携帯電話にかけても全然つながらない。


16時になった。


気持ちが醒めていたのもあったし、ものすごく怖くなってきたんだよね。
逃げたい。怖い……


もう雰囲気で、車確保担当者が逃げたことはわかったんだ。
そして、ほかの2人の人も……
自分がレンタカーを借りるとは、誰も言いださなかった。
僕と40代の男の人が練炭を持ってるんだもの、死ぬことは可能なんだ。


「いったんお開きにしましょうか、死に損ないましたねぇ」
男の人の言葉に僕は、なぜかホッとしてしまったんだ。
怖かった、死なずに済んだ……


そして僕たちは、そのまま姫路駅で解散したんだよね。


どうなったんだろう、みんな……あのあと死んじゃったのかなぁ。


あの時、約束通りレッドという人が現れていたら……
あの時、誰かがレンタカーを借りると言い出したら……


僕はたぶんここにはいなかったんだろうな、と思う。


僕は、凄くちっぽけでつまらない命を拾ってしまった。


その代わり、いー君というものすごく大きな命を落としてしまった。


結果論なんだけど……
そう、すべては結果論。


でも、僕の死でいー君が、命の大切さを学んでくれていたのなら……


去年の6月僕が狂って精神病院の閉鎖病棟に入らず、どこか高いところから飛び降りていれば……


いー君の命というものすごく大きなものを失わなくて済んだのかも、と思うんだ。


老い先短い僕が、今更遺される者の悲しみ知ったところで、何を学ぶんだろう。


でも……


伝えたいんだ。


遺される人の、胸が張り裂けるような悲しみと……


遺して行く人の、何も考えることができなくなった人の悲しみを……


こうやって誰かに伝えられたら……


いまはそう思うんだ。


僕といー君の、歴史の大きな流れに何の関係もない、このささやかな物語を。


誰かの、何かの役に立つのなら。