いー君といっしょ

2015年11月20日……
最愛の17歳の息子を自死で失いました。
悲しみの記録と、彼の歩んだ道、そしてこれから残された家族三人の日々を記します。

転んだ痛みと君の痛み

ダメだ!……と思う時にはもう遅かった。


駅を降りて歩いて帰る途中、ふと意識が遠くなったと思った瞬間倒れ込んだ。


もう歳なのか、手をつこうにも手が出ない。
棒立ちの状態のまま、そのままばたんと倒れた感じ。


倒れた瞬間から倒れるまでがスローモーションでものすごく長く感じた。


こんな感じなんだろうか、死ぬ瞬間というのは……


手は肉が削げ大出血。膝もズボンをはいているのにズルっと擦り剥けた。


時間が経つにつれ、どんどん痛くなってきた。
不思議とこけた瞬間は、痛くもなんともなかったんだ。


痛みはそのまま、生きているんだという実感に変わった。


怪我なんかするのは何十年ぶりだろう。血が出るのなんて何年ぶりだろう。


大丈夫ですか、と声を掛けてくれた老紳士。


急にさびしくなってきた。


息子は……こんな痛みをもう感じることはできないんだ。


首を吊って、血が出ることもなく、痛いということもなく……土気色になってた君。


痛みは生きていればこそ。
出血は生きていればこそ。


生きている……


生きたくないのに僕は生きている。


逝きたいのに僕は生きている。


検死のお医者さんが褒めてくれたんだよね。


息子さんの自殺は実に見事でした。
痛みを感じることなく、瞬時に意識が無くなったはずです、と。


でも、それでよかったのかな……
君の死に顔は実に安らかだった。


痛くない世界、血が出ない世界……


君は父親の僕より、先にそんな場所へ行ってしまった。


なぜ僕はまだ痛みを感じているのだろう。


なぜ僕はまだぬくぬくと生を偸んで、明日を迎えるのだろう。


早く終わらないかな。


早く生きるなんて馬鹿馬鹿しいこと終わらないかな。


痛みは生への執着。


ドクドクとすりむいた傷から流れる血が、僕に生きるという残酷な現実をつきつけた。


もうやることはすべてやり尽くしました。
生きるなんてことは下らなくて何の価値もないことだと分かりました。


早く……早く生きると言う苦行が終わりますように。


早く……明日が来ない明日を迎えられますように。


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